火事の日

10月13日、朝8時半に出火した。消防自動車が到着したのは9時だった。恥ずかしながら、月曜日の朝はぐったりで、その時、私はまだベッドの中だった。特別外が騒がしがったわけではなかった。消防自動車の音が遠くから聞こえてきた。段々近づいてきた。「火事か」…「近そうだなぁ」…「えっ!まさか」私は、飛び起きて窓を開けた。燃えている。夢を見ているようだった。一瞬頭の中が真白になった。私は発狂して、そのまま飛び出した!美京さんの家のすぐ前が燃えている。しかし、何とか消せそうだった。私は何をして良いのか分からなかった。一人で走り廻っていた。美京さんたちが裕馬君と荷物を抱いてヨルダン寮に非難してきた。消防自動車が消火の準備を進めている。しかし、なかなかはかどらない。遂に隣接する家に燃え移ってしまった。そこには、洪さんの住まいと、英語の勉強会に来ている子供たちの家(高さん宅)があった。更にもう一件、子供が一人居る三人家族の金本さんの家が燃え出した。この三件は数少ない私が親しくしている家ばかりだった。まるで自分の家が燃えていくような感じで気付いたら泣いていた。電線が燃えて、ビリビリという音をたてている。美京さんの家のクーラーの配管がドカンという音をたてて破裂した。プロパンガスが気になった。偶然にもその日、ガスやさん来ていて火元とその周囲のプロパンは全て撤去してくれていた。しかし、火がどんどん廻っていく。何をもたもたしているのか。消防士に愚痴を飛ばした。金本さんの奥さんが立ちすくんで泣いていた。私は思わず抱き合って一緒に泣いた。お子さんは学校に行った後でご主人も無事であった。高さんの家も全員無事であった。洪さんの状況は分からない。でも火がまわったのは後なので多分大丈夫だろう。私は我に返って、関田先生、大倉先生に電話連絡した。

相変わらず消火活動がはかどらない、対策本部では情報が錯綜している。地図が正確でない、本名と通名が混乱している。状況把握ができていない。たまらずヨルダン寮から名前の入った正確な地図を持ってきた。河川敷内の消火栓は水圧が上がらなかった。戸手アパートの消火栓を引いて来て、ようやく消火活動がはかどってきた。10時前だったろうか時間は正確に覚えていないが、ようやく火は沈静の方向に向った。

不幸中の幸いといえば、風がなかったこと、夜でなかったことであった。恐らく夜、風のある日であったなら、このまちは燃え尽くされ、死者が大勢出ていたに違いない。消火活動が遅れたことの原因は色々あるが、それらは今後に向けて改善されていくであろう。これから、新しいまちづくりを始めようとしている矢先のこと。「神よ!何故!」という問いをつい心に発してしまった。

火事の意味を神に問うことはすまい。大切なのは火事で投げ出された人々へ何が出来るか。今、何が必要とされているのか。常に、そこから出発しよう。

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