銘心寶鑑

これは(題目)、ある韓国語をそのまま漢字にしました。
<myong-shim po-gam>と読みます。
日本語では「メイシン ホウカン」と読むのでしょうか。
韓国語で銘心寶鑑とは何であるのかはさておき、
その意味を漢和辞典で調べてみました。
(銘心:よくよく心にとどめる)(寶鑑=宝鑑:人の手本と
なることを書いてある書物)。
これを繋げますと「よくよく心にとどめる、
人の手本となるべきことを書いてある書物」と
いうことになります。
朝鮮時代、学問を学ぶ年齢になった男子は
「千字文」という書物から漢字の学びを始めました。
千字文を習得した者は更に次の段階(新たな書物)へと
学びを進めていくわけですが、この何段回目かに
「銘心寶鑑」という書物を学びます。
これは、その銘心寶鑑の中にあるひとつのお話です。

銘心寶鑑 言語編 第11章 「黒牛 黄牛」
ある農夫が二頭の牛を連れて田んぼを耕していました。
一頭は黄色い牛で、もう一頭は黒い牛でした。
二頭とも良く太っていて、とても力強く見えました。
農夫が汗を流しながら働いていた時、
一人の老人が道を通りかかり、その近くに座って
休んでいました。老人は農夫が一生懸命に働いているのを
微笑ましく眺めていました。少し経って、老人は大きな声で
農夫を呼びました。「ヨボセヨ~!(ちょっといいかね)」
農夫は老人が呼びかける声を聞いて、どうぞと言う意味で
首を振ってうなずきました。「その二頭の牛の内、
どちらが良く働くか?」。 ところが農夫は聞こえないふりを
して何も答えませんでした。
老人は農夫が自分の声を聞き取れなかったと思い、
もう一度大きな声で尋ねました。しかし、農夫は相変わらず
黙っていました。老人は農夫が異常に思えもう一度尋ねました。
そうすると遂に農夫は仕事を止めて老人のもとに
やってきました。そして老人に挨拶をしてから、
老人の耳元に口を近づけて「黒い牛の方が良く働きます」と
大変小さな声で答えました。
老人は農夫がその一言を言うために田んぼから出て来て、
耳元に口を近づけた事ことに驚きを隠せませんでした。
「何!それを言うために此処まで来たのか?」「はい」
「田んぼから話しても良いではないか?」
「いいえ。私が連れている牛たちは、いくら動物とはいえ
一方を誉めれば、もう一方は気を悪くするではありませんか」。
老人は農夫の言葉に心を打たれました。
牛たちは人の言葉を聞き取れない動物ではあるが、
自分についての良いだの悪いだのということに対しては、
感じ取るものだと配慮する農夫の態度に老人は感動したのです。
農夫の心は家畜を真に大切にする主人の心に見えました。
老人は道を行きながら「動物でさえもそうなのに、
人はどうか?人に接する時は更に注意しなければ駄目だ」と
何度もひとりでつぶやきました。
農夫にどちらの牛が良く働くかと尋ねた人は、
あの有名なファンヒ大臣です。
彼はセジョン大王(ハングルを制定した王)の下で
24年間、領議政(李朝時代、義政府の最高官職。
いわゆる総理大臣)として勤め、国の仕事をする時は常に
善悪を正しく裁き、人に接する時はとても寛大でありました。
ファンヒ大臣は常に、農夫の教訓を忘れなかったので、
あのように立派になったと言われています。
(訳:孫裕久)

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