愛国心

東京新聞の一面で「検証 自民党 改憲草案」と題する連載記事がはじまった。現行憲法と自民党草案を比較しながら、その問題点を鋭く指摘している。

 今朝はそのシリーズ5回目で、前文と、これまでになかった「国旗国家を義務化」(第3条)についての内容であった。従来憲法の主語が「国民」であったのに対し自民党草案では「国」が主語となり、国民にはこの国を愛することが義務化されている。すなわち愛国心の問題である。

  かつて、川崎戸手教会は戦後補償裁判(江原道遺族訴訟)を支援し教会に事務局を置いた。24名の原告団をお迎えし何度も東京地裁に出向いたものでした。ある時、原告団の一人から疑問が呈された。「あなた方は日本人なのに何故、韓国人を支援し、日本を訴えることが出来るのか?」この問に当時事務局長であった谷川透氏が明快に答えた。「先の大戦で命を亡くした方々が靖国神社に祀られています。私は一日も早く彼らをお参りに行きたい。しかしその前にすべきことがあります。それは日本の犯した罪の償い、奪った命に対する謝罪なしに、私は靖国にいけないのです。」

この谷川氏の言葉に、原告団のみなさんは深く頷かれた。

 国の愛し方には種々ある。しかし、それを国旗国歌によって強制するものではない。国を愛するが故に、国を裁く愛国心もある。自民党の草案は、感情的な一面で、愛国心を煽っている。そして、これにはかつての国家総動員的な悪魔的要素を含んでいる。

 私は憲法が擁護する国民ではないが、国の愛し方を憲法によって規定され義務化することに、この日本に生きる者として、日本を愛する者として断固反対する。

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