証の一致

1966年教団創立25周年に際して、教団夏期牧師講習会で戦時下の教団の戦争責任が若手教職を主体に問題提起されて、討論されました。

 当時の総会議長の鈴木正久や大塩清之助らが草起委員となって、教団総会に戦争責任に関する建議案を提出した。総会決議を受けて、常議員会で審議して、1967年3月26日の復活主日に教団総会議長鈴木正久の名前で発表されました。 これは、対戦中に日本基督教団より大東亜共栄圏に在る基督教徒に送る書翰を発表した日と同じであり、それを打ち消す意味でこの日を選んだのです。

 しかし、この戦責告白に対する理解を巡って教団内に対立が生まれ、その事態収拾のために組織されたのが北森嘉蔵を委員長とする「五人委員会」でした。委員会が教団に答申した結論は「信仰による一致、証の多様性」でした。これは、戦責告白推進派と反対派の両方を見事に欺きました。即ち、戦時下の教団は、その証を過った。その過った証について、謝罪しているのが「戦責告白」である。したがって決して信仰に過ちがあったのではない。信仰は一つ、しかし、それぞれに異なる賜物が神より授かっているのに等しく、その一つの信仰から導き出される証は多種多様なのである。そして、その証において人間は間違いを犯す時もある。戦時下の教団は、その証において過った所があった、その過ちについて謝罪し悔い改めているのが「戦責告白」である。という詐欺まがいの神学で戦責告白推進派、反対派の両者は騙されたのです。過った証を導き出した、その信仰を問わないという理屈が存在するでしょうか。

 「信仰による一致」が叫ばれる背景には、以上の教団の罪責を巡る過去の対立があります。私は思います。信仰こそが多様であります。一つの条文(信仰告白)でそれを表現する営みは確かに必要です。しかしその条文をどう受け止めるか、細部においては誰も入り込めないものです。故に、極論すれば、信仰は多様であり、むしろ証で一致して行くものであります。それはエキュメニズムと言うべき宗教を超えて、平和に仕える証において、人類は、民衆は、キリスト者は、一致していくことが可能であります。

 イエス・キリストに仕える。即ち、悲しみの中にあり、苦しみの中にあり、虐げられる中にある隣人に仕える事によって、我らの多様な信仰は、一つへと導かれていくのではないでしょうか。

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