韓国強制併合100年とキリストの教会 ―個的現場の視点から― (8) 関田寛雄

4.東北アジアの平和と共生を求めて

以上の歴史的回顧と反省の中から促されて来るものは、日韓両国の今後、平和と共生という共通課題に向かうことではないでしょうか。そのことに当たってまず日本国の果たすべき課題から考えていきたいと思います。

■宣教の課題としての天皇制問題

日本のキリスト教会にとって有史以来の問題は、天皇制の存在であります。特に明治憲法に明記された天皇の「神聖性」に対し、日本の教会は神学的にも実践的にも対決することをせず、むしろ天皇制下の日本社会における教会存在の認承を求めて、ひたすら妥協を事としてきました。その最後的形態が「国民儀礼」であり、教団統理の伊勢神宮参拝でありました。特に15年戦争期における植民地住民の隷属化は、天皇絶対主義の下で起こったことであり、天皇の戦争責任はあまりにも明白であります。

それにもかかわらず敗戦後、日本人キリスト者の有識者たちが連合軍総司令部に天皇の助命嘆願に赴いたという話が伝えられております。日本にとって天皇制の存続は、国家主義、軍国主義再編の温床であり、元号制度から始まり、今日の国旗・国歌の式典における義務化に至るまでの非民主的な流れの強化は、ひとえに天皇制の故であります。日本における神道の大祭司としての天皇の存在は、軍国主義の原点たる靖国神社との密接な関係に結ばれており、いわゆる自由主義史観に立つ「新しい歴史教科書」の著者、編者の目指すところは、皇国史観の再建に他なりません。「皇国」を至上価値として「皇民化」教育を「内地」および植民地に及ぼしてきた過去の罪責からの脱却は、天皇制廃止を目標としてこそ全うされることでしょう。そのことに先ずもって貢献するべきは、全被造物を祝福をもって維持し、その歴史を救済に導くイエス・キリストの主なる神を告白する教会であり、その宣教の最重要の課題でありましょう。

■日米安保の一面性批判

第二次大戦後、新たに顕在化した米ソの対立は世界を東西両陣営に引き裂き、1952年の講和条約は米国を中心とする西側陣営との一面的安全保障体制をもたらしました。したがって日米安保条約は、対共産主義の防波堤として日本列島を米国極東軍事態勢に組み込むことを意図したものでありました。しかしながら1989年のマルタ島会議において米ソの対立は止揚され、ソビエト連邦は崩壊しました。さらには中国共産党の変容と開放政策により、共産主義の脅威は解消しました。

当時の自民党政府は、この流れを安保解消による新たな日米関係を構築する機会とせずに、いたずらに朝鮮民主主義人民共和国(以下、朝鮮と略記)を仮想敵国とすることで、安保の目的をすり替えて継続してきたのです。今日の米国を中心とするグローバルな政治・経済体制の中で日本は、米国の核の「抑止力」維持の名目で、基地の苦悩を沖縄に押し付けたまま推移しています。

「非核三原則」維持の名目で、かつての総理大臣・佐藤栄作はノーベル平和賞を得ましたが、今日明らかになったように、沖縄における米軍の核兵器移動に関する密約があったことにより、ノーベル賞受賞は日本の国際的欺瞞であったことになりました。このことについて、日本政府は何ら責任をとることもしていません。

沖縄の普天間基地の問題に関して、沖縄の良心的識者の発言はこうです。「普天間基地の移設はわれわれの願いではない。移設先がどこであれ、そこの住民がまた基地の苦しみを味わうからだ。基地の苦しみは沖縄で最後にしてほしい。われわれの願いは普天間基地の廃止、即時返還である」と。私たちはこのような沖縄の声に聴き、安保廃絶を目標に沖縄と共闘する以外にないのではないでしょうか。

■拉致問題の解決に向けて

小泉純一郎・元首相は新自由主義の騎士として日本経済における競争主義に拍車をかけた上、国内外の世論を無視して靖国神社参拝などを強行し、禍根を残した人ですが、二つだけよいことを残しました。その一は「らい予防法」の廃止であり、その二はピョンヤン訪問です。韓国強制併合100年に当たりこのことを大切に受け止めたいと思います。

1965年、内外の批判を浴びつつ日韓条約が結ばれました(非常に不十分な、経済支援中心で戦後補償に及ばないものでしたが)。しかし、北朝鮮とはいまだに国交回復がなされていません。むしろ拉致問題が明らかになって以来、政府関係者やマスコミの論調は朝鮮バッシングを強めるのみです。特に安倍元総理は「対話と圧力路線」ということを言い始め、経済・政治・交通のすべての領域で「制裁」という方針を打ち出しました。「圧力」付きの「対話」など、対話にはならないことは子どもにでも分かることなのに、日本政府とマスコミの傲慢な姿勢は、朝鮮という主権国家に対してまことに失礼極まる対応であります。

そもそも「朝鮮戦争」休戦以来、57年になるこの年、韓国には国連軍という名の米軍が依然として駐留し、毎年のように日本海において行われる米韓軍事演習は、朝鮮にとっては大きな脅威であり、経済的貧困にもかかわらずミサイル実験、核実験をもって自衛を維持せざるを得ない朝鮮の立場も考慮すべきでありましょう。6カ国協議の場でも朝鮮半島非核化を言うならば、韓国にある米軍の核ミサイルも取り去るべきでしょう。何よりも朝米対話を長い間希望している朝鮮を失望させているのは米国ではありませんか。北東アジアの平和と共生を望むのであれば、まず米国が朝鮮に対して心を開くべきでありましょう。

日本政府も唯一の民間航路の万景峰号の入港差し止め、石油の禁輸をはじめさまざまな「制裁」措置を、拉致問題解決の方法として行っていますが、それは全く効果のない、解決をますます遠ざける措置に他なりません。しかも最近では、総連系の朝鮮学校を、日本の公立・私立高校に適用される無償化措置から除外しようとしています。これは国家による明らかな民族差別であり、日本国憲法にも違反する国辱的行為であります。私たちは朝鮮学校への無償化措置適用を強く要求します。

忘れてはならないのは、「拉致被害者を支える会」の主要なメンバーは「新しい歴史教科書をつくる会」(皇国史観にたつことを目指す歴史家集団)であり、朝鮮バッシングの発信者であり、その政治主義に耐えられなくなった元事務局長の蓮池徹氏は脱会し、拉致問題解決に反するこの人々を批判する一書さえ出しています。

私は思います。拉致問題はピョンヤン宣言にまで立ち戻り、両首脳がそれぞれの過去について謝罪したところから再出発すべきです。5名の拉致被害者の帰国は一時帰国の約束でした。それを政府も関係者も約束を破り、朝鮮との信義関係を傷つけ、反朝鮮のキャンペーンに走りました。これらのことを改めて謝罪し、国交回復のための誠意ある対話を、万難を越えて始めるべきでありましょう。また、細々ながら続けている一部の人々の食糧支援の運動を、大切に継続いたしましょう。

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