宿命的欠点

私は知らず知らずの内に、子どもを管理していたようです。

竹本喜道氏は、務めていた会社の上司と呼ぶにはおこがましい関係で、在職中はただの一度も口を聞いてもらったことはありません。ところが三年程前からお付き合いをさせて頂く関係になりました。

竹本氏は1961年に入社し、一貫して塑性加工技術(金属に力を加えて曲げたり変形させたりする加工技術で、プレス加工等)に携わって来られました。先々週、会社の職場のOB会があって、その時名だたる諸先輩からのメセージが綴られた文集を頂きました。そこに記されていた竹本氏のメッセージには次の一文がありました。

「技術とは」

手で支えて、行いの中に求めると読める。書物や資料からの知識や情報も疎かにしてはならないが、しょせん技術は自ら手を使って作り出し、行いながら高めてゆかねばならない。ものづくりの基本である。

「管理の宿命的欠点」

品質管理、生産管理、工場管理、技術管理、と様々な管理が重要視される。管理は複雑な物事を整理して解り易くし効率を高める機能が強い。したがって工場や企業の運営には絶対に必要であることを否定するものではない。しかし、いかなるすぐれた管理であっても、管理は「創造」しない。研究、開発、さらに営業の第一線に携わる者は心得ておくべきである。

私は竹本氏の以上の文章を読んで、子育ても然りと思いました。私がしてきたことは、成績で測り、規則とペナルティーでコントロール(管理)してきただけではなかったか?管理は「創造」せず、また育てはしない、と。

また、神学も然り。神学は複雑な問題を整理して解り易くする。神学は宗教者にとって必要不可欠である。しかし神学自体が人を生かすわけではない。しょせん人とは関係であり、人と人が関わる事なしにその問題は解決され得ない。神学も管理も宿命的欠点を持っており、その自覚なしには管理に溺れ、神学に迷走し何も創造され得ないまま終わるであろう。人を生かし関係を創造する川崎戸手教会でありたい。

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