平和と犠牲

8/2、高橋哲哉氏をお招きし教区平和集会が開催されました。集団的自衛権の行使、改憲、靖国の連続性がもたらす、天皇を授かった国造りの正体を明らかにして下さいました。

講演後、質疑応答の時間で参加者の一人が「憲法9条にノーベル平和賞を授与する」ことによって戦争が出来る体制づくりの流れに抗うことについて講師の高橋氏に意見を求めました。以外にも高橋氏はこれに対して賛成しかねる答えました。ノーベル賞は元来、人に授与するものであって、もし与えるとするならば戦後、平和憲法を守ってきた日本国民に授与すべきであると。しかし、だとするならば一方で沖縄を犠牲にしている事実を無視できないと。即ち、果たして憲法9条を保持している日本国民はノーベル平和賞を授与するに相応しいでしょうか?という問いを高橋氏は行間に込められました。

古代ローマ時代から平和とは犠牲の上に築かれて来ました。日本は戦争のない平和な国です。その平和は憲法9条が守ってきました。しかし事実はそれだけではなく、沖縄や福島、六ケ所村等の犠牲があったこと、またあり続けている事を私たちは忘れてはいないでしょうか。

憲法9条を掲げて反戦平和を訴える一方、私たちは犠牲を強いている人々を確かに覚えながら、連帯しながら、米軍基地撤廃、原発廃止を訴えて参りましょう。

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