真の預言(エレミヤ書23章)

「万軍の主はこう言われる。お前たちに予言する預言者たちの言葉を聞いてはならない。彼らはお前たちに空しい望みを抱かせ主の口の言葉ではなく、自分の幻を語る」(23.16)

エルサレム崩壊後、楽観的な預言を語った預言者らは偽預言者とされました。捕囚期間中、エレミヤの言葉を受け継いだ人々は偽りの預言を警戒し、これが捕囚後の時代に預言者が消滅する一因になったという事です。

何が偽りで何が真の預言なのか?我々はそれをどう語り、且つ聞き分けるべきか?

そこには、語るにせよ聞くにせよ、語りたいように語り、聞きたいように聞く人間の問題があります。即ち、エレミヤは語るにせよ聞くにせよ、自己満足と言い訳に、神の言葉を用いてはならないと警告しているのです

神の国があそこにある、ここにあるというものではないとの等しく、預言とはあれが偽りで、あれが真であるというものではないのかもしれません。それは語り手と聞き手の関係が、その預言を真足らしめていくものではないでしょうか。

神の国とは、あなた方の間にあると言われるように預言は対象物ではなく、私どもの間にあって、それを真の預言に足らしめていく(受肉せしめる)責任を負っているのです。

さすれば仮に間違った預言が語られようとも、我々は間違いからも学び真へと至る道を得ることが出来るでしょう。

語るにせよ、聞くにせよ、そこが真偽の分かれ道ではないでしょうか。

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