戦争と平和

紀元前538年、ペルシャによって捕囚の民は解放されエルサレムに帰還しましが、その後ユダヤはマケドニア、シリアの支配下にあって経済的自治権を持つことは出来ませんでした。

しかし紀元前167年、祭司マタティアとその息子たち(マカバイ家)を指導者とする反乱(マカバイ戦争)によって、エルサレム神殿を奪回し、紀元前143年、ついにユダヤ人による平和な独立国家を回復しました。

マカバイ記14章にはその完成された様子が報告されています。しかし独立に至る周辺諸国との争いや、捕囚期間中にユダヤに移住した異邦人らを追放したことによる軋轢が、その後の更なる軍事力強化(防衛)に繋がって行きました。兵の増強、要塞の強化、これらは武力によって勝ち得た平和の代償というべきでしょう。

現在日本の平和は武力で得たものではありません。しかし形を変えた力、経済力で日本は戦後を戦い勝利して来ました。そしてその恩恵として平和を享受しており、しかしその代償として軍事力の強化(改憲・集団的自衛権)を迫られているのではないでしょうか?

今、日本が戦争できる国造りに向かって歩んでいる背景に、現在の平和がどのよな犠牲によるものかを振り返るべきでしょう。戦争と平和は連動しており、反戦を唱えるとは、即ち平和に対する反省に尽きるのだと思います。

その自覚なき平和の希求は、今後も平和維持の道具として戦争を用いていくことでしょう。

次週、衆議院議員の総選挙投票日が予定されていますが、真に平和を希求する声が国政にう届く事を祈り願います。

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