自由と歯止め

[自民党改憲草案]
平和主義
九条 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動としての戦争を放棄し、武力による威嚇及び武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては用いない。
2    前項の規定は、自衛権の発動を妨げるものではない。

自民党改憲草案の主張をまとめると

1.国際紛争の解決以外は「武力による威嚇及び武力の行使」は可能。即ちPKO等国連の平和維持活動等(道路整備、食料供給等)において必要とあれば武力を行使できる。

2.自衛のためなら戦争できる。

 

以上の問題点は、「国際紛争」と「自衛」という言葉の解釈です。既に政府与党は集団的自衛権の解釈変更を閣議決定しています。更にその閣議決定の安保法制整備によれば、武器使用は、米軍部隊に限定していますが、自民党は「米軍以外の部隊も守っていい」と対象の拡大を図っています。今後政治は「解釈」というものをめぐる時代に突入します。即ち、解釈を変更(拡大)した後で実態に合わせて法改正するという手順を繰り返していくことになるでしょう。

自民党草案で最も重大な誤りは、現行憲法から「永久にこれを放棄する」の「永久」の削除と第二項の例外規定を設けたことです。

これでは九条は「歯止め」を失い、解釈次第となります。

キリスト教は律法主義を否定しますが律法を否定するものではありません。律法とは権力から強要されるものではなく、自ら自分の愚かさに歯止めを与えるものです。日本国憲法は、過ちの反省からその愚かさに自ら歯止めを与えました。それは「ただし、善悪の知識の木からは、決して食べてはならない。・・・」(創2.17)という歯止めです。歯止めは窮屈です。今日本国はその窮屈さ故に歯止めを外そうとしています。しかし聖書は警告します。「・・・食べると必ず死んでしまう。」

人間は愚かです。しかしその愚かさに歯止めをかける自由を与えられています。「ただ、その自由を肉の働く機会としないで」、自らの愚かさに歯止めをかけるために用いましょう。またその歯止めをかける事によって、自分が自由であることの証を立てましょう。故にその自由である証として「永久にこれを放棄する。」という歯止めを死守して参りましょう。

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