「70年後の解放」 エレミヤ書29章

バビロンに捕囚された民は、一日も早く神がバビロンを滅ぼし、エルサレムに帰還出来るよう祈り、預言者もそれが間近であると予言しました。しかし、エルサレムにいるエレミヤはバビロンの捕囚民に手紙を書き送り、結婚し子孫を増やしてその地の平安を祈り、そこに定住することを勧めました。それは捕囚民にとって受け入れ難い内容であります。しかしエレミヤは更に70年後に解放を迎えると予言しました。

70年とは人の一生に等しく、現存する捕囚民はエルサレムに帰還できないとの宣告を受けたに等しいです。しかしエレミヤは、神はそれを忘れずにおられ、あなた方がその時、その神を呼び求めるなら、神はその声を聞き解放して下さる約束しました。

エレミヤの言わんとする70年とは、悔い改めに、それだけの年月を要するという意味以上のものがあります。70年は一人の人間が待つことの出来る年月ではありません。にも関わらずエレミヤがその先に示した解放とは何でしょうか。恐らく、解放へ至る道には、常に「受け入れ難い事実」を避けて通れないのだと言うことです。

今直ぐエルサレムに帰還は出来ない、それどころか、あなた方は帰還できない、というこの受け入れ難いエレミヤの予言を拒否するのでは無く、それを受け入れた時(即ちこれは自らの罪が招いた神の裁きであると己を戒めた時)彼らはバビロンで律法の民として生きる新しい歩みを始めたのです。そして70年後に忘れる事のないようにそれを我が子と孫たちに伝承しました。

今年、日本は敗戦70年を迎えます。日本の敗戦は受け入れ難い事実であったでしょう。ならばバビロンに捕囚された民が70年後に律法を伝承したように、日本も敗戦のどん底で与えられた平和憲法を伝承して参りましょう。それがこの日本と日本に生きる我らの避けて通れぬ解放への道ではないでしょうか。

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