立憲主義と多様性

6月4日 衆議院憲法審査会に参考人として出席した憲法学者三名全員が集団的自衛権の行使は違憲であると指摘しました。その一人早稲田大学の長谷部教授が6月15日、日本記者クラブで興味深い発言をなされました。

「自衛隊は合憲であると考えている。立憲主義と絶対平和主義という9条解釈は両立しないと考えている。絶対平和主義で国民の生命・安全を保障することはできない。絶対平和主義という価値観を憲法に読み込むのは特定の価値観の強制である。」

私の信じるキリスト教からすれば絶対平和主義であり、それは全世界が武装解除する事です。しかし長谷部氏は上記の発言の前に次のように述べています。

「この世の中には極めて多様な、しかもお互いに衝突しあう世界観、価値観が存在する。そのような多様な考えを抱く人々がそれでも公平な形で人間らしい社会生活を送ることが出来るよう、その為の枠組みを作るのが(狭義の)立憲主義である。この立憲主義と絶対平和主義(何の自衛のための装備も持たない)は両立しない。」

以上に続いて「・・・絶対平和主義という価値観を憲法に読み込むのは特定の価値観の強制である。」と述べています。

この発言から、いわゆる現実社会で「多様性を認め合う」という事の難しさ奥深さを感じました。それは同時に平和を実現していくには段階や方法があって、それを無視して絶対平和主義を叫んでいるだけでは、ともするとそれ自体が多様性の否定にも繋がりかねないという危険性です。

それは戦争、差別、飢餓の廃絶を希求する事は無意味であると言っているのではなく、目指すべきものを実現する具体的な方策を提示して行かなければ今日、宗教は十分にその責務を果たしているとは言い難いということです。

神を畏れることは知識の始まりであり、その知識は極めてシンプルなものです。その考えに変わりはありません。しかしその知恵を受肉していくにはやはり断片を生きる他ないのでしょうか。私たちは「神の救済の歴史」の一断片を生きているに過ぎない。普遍(神の国)を目指しつつも現実(限界)を生きているという認識を宗教は決して見失ってはいけないと再認識いたしました。

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