泣いた分だけ

昨日、YMCA福祉専門学校で前期を振り返る講師会がありました。学校に入るとその月の「心に響く言葉」という張り紙があります。大抵は聖書の一節が引用されているのですが、9月の「心に響く言葉」は以下のとおりでした。

 

泣いた分だけ強くなれる。

強くなった分だけ前に進める。

前に進んだだけ成長できる。

 

誰の言葉か、何処からの引用かは分かりませんが、確かに今の私の心に響きました。

言葉の背景や文脈が不明な言葉は、読み手の状況にその言葉が蒔かれて、それぞれの芽を出します。

私は弱い人間です。最近その弱さというものが、他者批判や自己正当化や又怒りのようなものを表出させている事に気付き始めました。私は日々の経験から学び、その学びを通じて成長していると思っていました。しかし結果を見れば同じ過ちの繰り返しが後を絶ちません。その度に自己嫌悪に陥ります。

私の弱さとは何なのか?その正体を完全には突き止めていないのですが、それはどうやら理解されたい認めてもらいたいとする、そういった受動的なものに根があるようなに思い始めています。端的に言えば甘えというものでしょうか。

私は強い人間になり日々成長したいと願っています。しかしその思は結果的に自己防衛を強化していただけに過ぎなかったようです。私の場合、理解してもらえない甘え(弱さ)が他者批判、自己正当化、怒りを生んでいたのだと思います。

そんな私の状況に「心に響く言葉」は、確かに響いて参りました。どのように響いたかを綴るには紙幅が足りませんし、そもそもそれを今ここで言葉にすること自体が私の弱さなのでしょう。

泣いた分だけ強くなれる。

強くなった分だけ前に進める。

前に進んだだけ成長できる。

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