難民認定

先週、シリア内戦による難民問題で日本政府を批判する記事が新聞に掲載されていました。

「二〇一一年以降、六十三人のシリア人が難民認定を申請しているが、認められたのは三人だけ。」(東京新聞11/6朝刊より)

また下図(同記事)に示す通り、他国に比べて(申請者の国籍に関係なく)日本の難民認定数は桁違いに少ないです。

名称未設定

 

 

 

 

 

「寄留者を虐待したり。圧迫してはならない。あなたたちはエジプトの国で寄留者であったから」

(出エジプト記22.20)

上記テキストは「契約の書」(出エジプト記20.22~23.19)と言われている部分に記されている一節です。この「契約の書」には寄留者に関する律法が頻繁に登場し、その理由としてBC722年の北イスラエル滅亡によって大量の難民が南ユダに流入した事件が背景にあると多くの学者が指摘しています。

南北に敵対する国であったとしても人道的理由と信仰的根拠に基づいて南が対立する北の難民を受け入れた事は、今日私たちが難民問題に向き合う上で大切なメッセージを発信しているように思います。

同記事によれば、「男性は日本政府に難民認定を申請したが、『デモに参加したとしても大勢の中の一人にすぎず、難民の要件である迫害を受ける恐れがあるとは認められない』という理由で一三年二月、不認定とされた。」とありました。

上図(グラフ)の難民認定数とも兼ね合わせて言えることは、日本は難民認定のハードルがあまりに高いということです。

諸外国に対する「世界一安全な国」という標榜は、難民を受け入れないことによって成り立つとでもいうのでしょうか?このままではそれこそ恥ずかしくて海外に出ていけません。

国際社会の一員として軍事力を強化する前に、国際社会の一員であればこそ、難民認定のハードルを下げ、利害の有無に関係なく一人でも多くの難民を救済出来る国に成長して欲しいと切に願います。

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