偽善者

「偽善者よ、まず自分の目から丸太を取り除け。そうすれば、はっきり見えるようになって、兄弟の目にあるおが屑を取り除くことができる。」(ルカ6.42b)

イエスは人を裁き、人を罪に定めるなと説きました(ルカ6.37)。 冒頭の御言葉はそれに勝る自分の罪を棚上げして人を裁くのではなく、先ず自分自身の罪と向き合えということです。

北朝鮮の水爆実験を受けて、日本政府は国会で直ちに「非難決議」を採択しました。国会の決議は国の意志です。一方、従軍慰安婦問題に関する日韓両政府の合意は国の意志ではありません。国が公式的に示す意志とは国会決議のみです(ハンセン病患者への謝罪と賠償を国会で決議したように)。

安倍内閣は今回の水爆実験を防衛費拡大と改憲のテコに、アメリカはオスプレイ等軍事ビジネス拡大に利用するでしょう。

もちろん北朝鮮の水爆実験は誤った行為です。避難されて当然です。しかし日米韓三国の対応は北朝鮮を更に頑なに孤立させ、それぞれの利益に利用します。そこに偽善があります。

真の平和はビジネスであってはなりません。自分の利益と正当化の為に他者を裁くものであってはなりません。しかし個人にせよ国家にせよ、他者を裁く行為は殆どがそういうものです。先ず自分の目の中にある丸太の存在を認めましょう。他者の目の中にあるおが屑は自分の目の中にある丸太を教えるサインです。究極的に人間は自分の目の中にある丸太を取り除く事は出来ないでしょう。しかしその丸太の存在に気付きそれを認める時、他者のおが屑のそれに相応しい取り除き方が見えるに違いありません。

善人とは目に丸太なき人ではなく、それを知りそれを認める人であり、偽善者とはそれを認めない人であり、それに気付いていない人を愚か者と言うのでしょう。

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