やがて訪れる叫び

29日より、一時保養プログラム、リフレッシュ@かながわが開催されました。今回は13家族47名の参加です。

紅葉坂教会での交流会で、参加者のお一方がお話されていた事。その方は今でも水と野菜は実家の新潟から取り寄せているとです。話を伺って私は、お子さんがその事をどう感じておられるのかに関心を持ちました。どうして水と野菜は新潟から取り寄せているのか?その理由ではなく、物心がつき始めた頃から(はじめから)、水と野菜は新潟から取り寄せている状況、放射能を意識しながら生活する当然の状況を生きてきた子どもたちの無意識の問題です。

私は生まれた時から、朝鮮語と日本語が交じり合い、食卓にキムチと梅干しが肩を並べ、朝鮮人として日本に住んでいるという状況から(状況の中で)生まれ育ちました。このような状況で生まれ育った人の無意識(常識)は、それ以前の状況を生きてきた一世には自覚し難いものです。

福島の原発事故後に生まれ育つ被災地の子どもたちは、それ以前の生活を知りません。学ぶことは出来ますが経験がありません。よって彼らは、どこかでそれを相対化し課題を継承し、好むと好まざると次世代に継承していかねばなりません。

私は経験的に予言できます。おそらく5年から10年以内に、彼らは震災一世の親との間で、激しい格闘を避けられないでしょう。それが二世の宿命なのです。

やがて叫ばれる彼らの声が、その時代に何を問い、何をもたらすのか?身を引き締めて待ちたいと思います。

 

<余滴>

参加者のひとり(女子中学生)に聞きました。

私:明日から何処行くか決めてるの?

彼女:渋谷。ひとりで・・・。

私:ひとりで?渋谷!横浜来たのに?

しぶやか〜、ひとりでね〜。(苦笑)

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