「ふつつかな僕です」 — 故小川信順兄を忍んで —

今年の4/1、私は死期に備える小川信順(としなお)兄を茅ヶ崎市立病院に訪ねました。小川兄は前神奈川教区主事であられ、その手腕は誰もが認める精密機械の如きでした。わたくし的には影の教区議長という存在でした。

当時、私は副議長の打診を受けており、それを引き受けるか否かを迷っておりました。副議長を引き受けることは当然その先を射程に入れねばならず、お見舞いがてら(これが最後のつもりで)病床の小川兄に教区政治の指南を仰ぎたくお訪ねした次第です。

1時間近くお話したでしょうか、「小川さんが主事に復帰してくれたら議長でも何でも出来るんですけどね」と半分本気で申し上げたところ、期待していた教えは何一つ頂けませんでした。ただ「頑張って下さい」と激励を頂きました。

そして昨日(6/11)、茅ヶ崎教会で小川信順兄の葬儀が執り行われました。享年84でした。

櫻井牧師の式辞から小川兄の60年に及ぶ茅ヶ崎教会での歩みが語られました。その中で小川兄の文章が紹介されそこに次のように記されていました。

 

  1. 役員は、それぞれのタラントを生かし、牧師が、牧師にしかできないこと(説教と牧会)に専念できるよう、それ以外の仕事を牧師から奪い取れ。
  2. 役員は、心配りなどという上品なことではなく、もっと泥臭い、実質的な目配りを常に意識しながら、与えられた職務を遂行せよ。
  3. 役員は、主日礼拝の時、早く来て前の方に座れ・・・。

(三教会合同役員研修会へのメッセージ 2015/10/12)より

 

そして合わせて紹介された小川兄の愛称聖句が次の通り。

「同様にあなたがたも、命じられたことを皆してしまったとき、『わたしはふつつかな僕です。すべき事をしたに過ぎません』と言いなさい。」(ルカ17.10)

 

葬儀を終えて帰り道、あの日(4/1)、どうして小川兄は私に教区政治について何も教えて下さらなかったのか、その理由というべきか、主事としての姿勢の一端を垣間見ることを許されました。

小川信順神奈川教区主事は、神に仕え牧師を支えるが如く、事務方として当然の事を当たり前に且つ謙遜に務めてきただけに過ぎず、教区政治についてウンチクを語る身分立場では御座いません、と言う事だったのでしょう。そんな小川兄に、教区政治の裏技等を指南してもらおうと願った自分の甘さと甘えを恥じ入りました。

私も「・・・ふつつかな僕です」という姿勢を覚えて自分の職務に専念して参りたいと思います。まさにあなたのキリスト者としての姿勢、有り様が何にも勝るご指南でありました。ありがとう御座いました。

安らかにお眠り下さい。

主の平和

<余滴>

見舞い翌日(4/2)、小川兄よりいただいたメール

 

孫 裕久先生

頌主。

昨日はご多忙のところ、僻地までご来駕戴き、誠にありがとうございました。

戴いた栄養ドリンク、医師も、いい物を貰いましたねと言ってくれました。早速飲んで、体力の維持、あわよくば向上に努めたいと思います。

明日は、新年度の最初の主日礼拝です。川崎戸手教会の新年度の歩みを、神様が支え導き、祝福して下さるよう、お祈り申し上げます。

3月21日の平和フェスタ、出席教会数と出席者総数をメールでお知らせ頂けないでしょうか。

主にありて。

小川信順

 

(死期に備える病床において尚、週報の原稿を整える為に礼状がてら問い合わせる小川信順兄でした。)

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