悔い改める時

アドベントの起源を遡ると、降誕日に受洗する人が、その準備期間として断食と悔い改めを行っていたようです。よってその伝統に習いアドベントクランツのろうそくは悔い改めを意味する紫色を用いる教会も少なくありません。

さてクリスマスに備えるアドベント(キリストの到来)が悔い改めの期間であるのは受洗予定者に限らずキリスト者全てにおいて期待される時であります。

「時は満ち、神の国は近づいた。悔い改めて福音を信じなさい」。これはマルコ福音書におけるイエスの最初の言葉です。救い主の誕生(到来)を待ち望むとは、ただそれを待望する受動的なものではなく、悔い改めるという能動性を期待されています。

この「悔改めよ」をヨハネ福音書的に言い換えれば「闇に留まらず光の下に出でよ」ということでしょう。しかし闇を自覚し得ない者は闇から抜け出すことは出来ません。

闇とは何でしょうか?闇の正体とは?(このような観念論は如何様にも表現できますが)それは「誰かが・・・」という無責任ではないかと思います。

<YMCA専門学校での一コマ>

5つのパンと2匹の魚で大勢の群衆が満腹したという福音書の物語から、ハンガーMAPを用いて飢餓問題を共に考えました。

  • 世界中で9人に一人が飢えている。
  • 全世界70億人の胃を満たす食料はこの地球上に現存する。
  • ある所には余るほど有り、無い所では子どもが飢えている。
  • エイズ撲滅は医学の発達を待たねばならない。しかし飢餓問題は明日にでも解決できる。しかし・・・

講義の最後に一人の学生に「今日何を学びましたか?」問いました。彼は「誰か一人が、先ず差し出すこと」と答えました。(然り、イエスが先ず自分たちの食料を差し出しました。奇跡はそこから始まりました)しかし私は「0点。誰かとは誰か?」と更に問いました。彼はしばらく沈黙しそして答えました。「俺が、先ず俺が・・・・・」と。

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