世の縮図

一人の乗客が機内から引きずり出された。誰が悪いのか?問題の所在は?という話はメディアに任るとして、私はあの機内に起きた事件に世の縮図を見るような思いだった。

キャセンルを見込んで座席数以上の搭乗券を発行した航空会社。降機を呼び掛けても誰一人応じない乗客。降機指名に応じた人、応じない人。応じなかった人を力ずくで引きずり出す保安係。それを見て避難する乗客たち。

私は憤りを覚えた。しかし私が憤りを覚えたのは「OH MY GOD!なんて酷いことをするんだ」と叫んだ乗客たちだった。誰が悪いのかといえば、それは航空会社だ。しかしキャンセルで空席を作ることを良しとしないのは搭乗券を求める乗客も同じ。しかし定員オーバー時に誰も自分が降りようとはしない。そして事件を目撃し「OH MY GOD」と叫ぶ。これが世の縮図ではないだろうか。

誰が悪いのか?それは見方を一つ変えれば何とでも言える。乗客を引きずり出すなど酷い話である。確かに「OH MY GOD」である。しかしそう叫ぶ乗客に何故か私は一番腹が立つのだ。もし「運の悪いやつだな」とつぶやく乗客が居たとしても私は憤りを覚えない。私は何故、酷い出来事を酷いと叫ぶ人に憤るのか。おそらくイエスを十字架に架けたのは、そういう叫び声なのかもしれないと思うからだ。

効率と合理性の追求は、誰かを犠牲にする。しかし誰も自分がその犠牲者になろうとは思わない。そしてその誰かが十字架に架けられた時、「OH MY GOD」と叫んで主犯者を避難する。そういう声がイエスを十字架に架けたと思うのだ。

私は何処に立っているのか?人間である以上私はその声を構成する一人である事を否定できない。おそらく私は私自身に憤っていたのだ。あの「OH MY GOD」に私の醜さが映し出され、それに憤ったのだ。

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