石が叫ぶ

犯罪を計画段階で処罰する「共謀罪」の構成要件を改め「テロ等準備罪」を新設する組織犯罪処罰法改正案が23日の衆院本会議で自民、公明両党と日本維新の会などの賛成多数で可決されました。

様々な視点から本法案の問題点が指摘されています。犯罪は実行され公の事実となります。しかし計画段階で処罰するには犯罪が公となる以前にその計画を盗聴盗撮等で入手する必要があります。これが著しい監視社会を生み個人のプライバシーを侵害します。

権力が暴走しています。しかし暴走させているのは有権者であります。民主主義、平和憲法を第二次大戦の反省から捉えて教育せず、自由主義史観が戦争を美化しました。それによって合理主義・効率主義が加速し、自国の利益第一主義を恥知らずとは思わない空気が蔓延し、それは最早暴走には見えなくなってしまっているのでしょう。となれば、先週の「テロ等準備罪」の衆院通過も不思議な事件ではありません。

「第2次大戦下おける日本基督教団の責任についての告白」によれば

まことにわたくしどもの祖国が罪を犯したとき、わたくしどもの教会もまたその罪におちいりました。わたくしどもは「見張り」の使命をないがしろにいたしました。

今、教団が成すべきことはかつてないがしろにした「見張り」の使命を、我が身を捨てて叫ぶことです。この時に教勢問題、これ即ち己を生かす事に懸命になるなら、教団は真に絶望的です。

また我が川崎戸手教会は、この現場にあって戦責告白の実質化と発展を宣教方針に据えていることを再確認致します。私どもがこの河原で見たもの、また今見えているものを、しっかりと叫んで参りましょう。私たちが黙れば「石が叫ぶ」という信仰を持って。

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