この世にある教会

教会は大使館に例える事が出来るかも知れません。この世という外国に置かれた神の国の大使館です。この世に居ながらにして神の国を先取る教会は、その限られた領域においてこの世とは異なる特別な関係性を保証します。それはいと小さき者が尊ばれる関係性です。言い換えれば富の獲得故に競わない関係であり、そのような競争によって犠牲者を生まない世界です。

しかし教会は大使館のように柵で囲まれた空間的領域に限るものではありません。いと小さき者が尊ばれる共同性のある所に教会は存在し、厳しくいえば建物として体を成していても本質が伴っていない教会もあるでしょう。

大義なき解散、争点不明、公約という撒餌がばら撒かれている今日、そこに見えてきたのは保身であります。教会は保身を考えた瞬間終わります。

教会は復活を信じ、その希望に生きる共同体です。富の獲得故に競争し、保身故に排除を繰り返すこの世に抗って歩むが故に、教会はこの世の法則に支配されない何かを信じて生きていく他ないのです。

なりふり構わない、恥を恥とも思わない開き直った今日、いと小さき者が尊ばれる関係性によって存在意義とその領域を堅持しましょう。そして教会は、競争に疲れた者・重荷を負うた者たちらが、「ああ、ここ安らげるわ~」と言って休息できるような居場所でありたいと思います。

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