七の七十倍

そのとき、ペトロがイエスのところに来て言った。「主よ、兄弟がわたしに対して罪を犯したなら、何回赦すべきでしょうか。七回までですか。」イエスは言われた。「あなたに言っておく。七回どころか七の七十倍までも赦しなさい。」(マタイ18.21-22)

上記は先週のYMCA専門学校の講義で取り上げた箇所です。聖書の主要なテーマの一つに「和解」あります。和解とは仲直りする事ですが、そのためには「赦し」という課題を克服しなければなりません。イエスは悪人に手向かってはならないと教え、右の頬を打たれたら左の頬を差し出すように教えています。

今朝、教会の外に出て見ると車の窓ガラスが割られていました。無駄な支出を経常することになり怒り心頭です。聖書の言葉を教えるのは容易いことですが、それを生きるのはなんと難しいことか。

自分に罪を犯した者が赦しを乞う時、それを赦すことは可能です。しかし敵意を抱いて攻撃する者には憎しみを抱き、これを赦すことは不可能です。しかしながら聖書の示す和解とはその赦しの彼岸に存在するのです

七の七十倍とは、490回ではなく、何度でも赦しなさいということです。確かにそれは不可能な教えですが、その罪に対して怒りや憎しみを制限することは可能かもしれません

憎しみは新たな憎しみを生みますが、赦しには希望があります。イエスの言う赦しとは何度でも怒りや憎しみに勝ちなさいという教えではないでしょうか。

今週の一週一言が書けずに頭を悩ましていたところ、神が課題を与えてくれたのでしょうか?そう思えば心も穏やかになりそうですが、それにしてもこの課題は高くつきそうです(笑)。

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