当事者と出会う

6日未明、北海道胆振地方中東部を震源とする地震により、北海道全域が停電しました。これに対して「原発が再稼働していれば停電は防げた」との主張が出てきています。現在、北海道電力泊原発は2012年から停止中であり、再稼働を進めようとする動きがあるようです。

今回の地震では泊原発付近は震度2でしたが、泊原発の下には地震を起こす可能性がある活断層の存在が指摘されています。今回のような台風や地震で原発が被災しないとする保証はありません。我々は福島から何を学んだのでしょうか?きっと当事者以外は何も学んでいないのかも知れません。

東京電力福島第一原子力発電所の汚染水問題で、政府は放射性物質トリチウムを含む汚染水を海洋に流す事を検討し始めました。トリチウムは一定レベルまで薄めると人体への影響は小さいとされ、国内外の原発は既に希釈して海に流しているとのことです。しかし地元漁業者の方々がこれに強く反発しています。理屈が導き出す答えは必ずしも当事者を第一に考えるものとは限りません。むしろ当事者を置き去りにしがちです。

もし福島の汚染水を希釈して問題ないとするならば、それを東京湾に放流しては如何でしょうか。人間はそれが我が身に関わる時はじめて、問題の本質と出会うのでしょう。

「隣人を自分のように愛しなさい」というみ言葉は愛する努力を要求します。しかし愛するとは元来努力することではなく、出会いの中で自然に感じ取っていくものなのではないでしょうか。イエスは当事者と出会い、感じ取り、愛する人にされていったのだと思います。

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