反則技

秘書とは「要職にある人に直属し機密の事務や文書を扱い、その人の仕事を助ける役。またその役の人」と辞書に記されています。しかし昨今、秘書とは要人の責任逃れに便用される役職になっています。秘書に責任を押し付けて事済ませ、それが社会で通用しているのです。

私は日本生まれの朝鮮人です。有権者ではありません。だからこそ客観的に言える事ですが、この状況を生み且つ容認しているのは有権者である日本人のみなさんです。このような事を言えば世間は朝鮮人が反日論をほざいていると非難するでしょう。しかし私は日本人の皆さんにお伺いしたいのです。皆さんは恥ずかしくないでしょうか。自国の代表である総理大臣が、機密事務等を取り扱う自分に直属する秘書について「私から指示していない。報告を受けていない」として済まし、また済まされている事態を。私は選挙権のない在日朝鮮人ですが、それでも日本に暮らす者として恥ずかしくてたまりません。

秘書はトカゲの尻尾ではありません。他を切り捨てて生き残るのではなく、イエスは他者の罪を背負って自らを捧げ、他を生かしました。ここに光と闇に比喩される、神の国の目指す方向性があります。

政治とは確かにキレイ事だけでは済まされない手段を必要とします。しかしそれ以前の問題として、秘書に指示して、悪事がバレたら切り捨てるというこのカードはやはり反則技です。非人間的です。こういう事に少なくともキリスト者はその信仰故に鈍感であってはならないのです。

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