信仰と希望と愛と

10月12日(土)、台風19号により戸手4丁目河川敷の街は氾濫した多摩川に飲み込まれました。翌日日曜日、公共交通機関は運休し礼拝は家族のみで守り速やかに復旧作業に取り掛かりました。この度の多摩川氾濫は河川敷の街にとって過去に例を見ない大規模なもので一階部分は水没しヨルダン寮は二階まで浸水しました。また多摩川が運び込んだ土砂が街全体に堆積しこれを放水しながら除するのに相当の時間を要しました。
一階全体が水没したヨルダン寮の姿は見るも無残でどこから手をつけてよいのか途方に暮れてしまう程でした。その後、数日間に渡って大勢の方々が支援に駆けつけてくださり昨日、ようやく礼拝の出来る状態にまでたどり着くことが出来ました。ご支援下さいました皆様に心より感謝申し上げます。
今回の水害で川崎戸手教会は真に多くのものを失いました。高価なもの以上にお金では取り戻せないものもあります。ものを失うことによる喪失感から、これまで自分が何を大切にして来たかを問われます。しかし不思議なことですが、今日こうして礼拝を守ることがゆるされ、川崎戸手教会はこれからも礼拝を守り宣教のわざに従事してまいります。そのために必要なものとは、言い換えれば水害によって失わなかったもの、否、ものを失ってその必要に気付かされたもの、それは信仰と希望と愛であります。この三つの柱が我らの教会を教会たらしめます。
我々は神の国の支配を求めながら現実的にはものに支配されています。もの失う事による喪失感がそれを証明しました。まだまだ観念的ではありますが、真の意味で全てを捨てて主にお従いするとき、信仰と希望と愛によって生き、生かされるという事の何たるかが本当に分かるのかも知れません。
今我々が早急に求めるべきものは、失ったものの補充ではなく、自らの信仰を振り返り、復活の希望を強く抱き、愛によって支え合うことであります。失ったものに心を奪われず、何故、我々は土手を越えてこの河原の街に入ってきたのか?その原点に立ち返り、これからも引き続き共に歩んでまいりましょう。

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