小さな欠け

今でも目を閉じると、立ち退き前の土手の中の密集した家々が浮かんできます。そして頭の中で細い道々を歩いていると土手(堤防)に上がる道が5本見えます。戸手MAPを制作中、何故そこにそれぞれ道ができたのか?それは無計画にただ人が歩いた結果として道が出来たわけですが、では何故そこを歩いたのか?それが気になったのです。

当時、土手の中に古くから住む方々にお話を伺いましたが、よく分かりません。しかし必ずそこには理由あって、その位置から誰かが土手を下り河川敷に入って来た必然があった筈と思ったのです。調査の結果明らかになった理由らしきものは、河川敷側ではなく街区側に発見されました。堤防から河川敷に下って行くには、先ず街区側から堤防を上がる必要があります。堤防に出来た河川敷に下る道の反対側、即ち堤防の街区側には全て小さな欠けが発見できました。おそらくは街区側から堤防を登るとき、その欠けの部分を階段代わりに爪先をかけて登ったのでしょう。そして登った所から河川敷側に降りた後が道になったのだと思います。

道は歩いた後にできます。しかしそこを歩いたのは単なる偶然ではなく、そこを歩くべき小さな欠け(切っ掛け)があった筈です。私たちはその小さな欠けに着目いたしましょう。それは小さな出会いであったり、事件であったり様々ですがその小さな欠けに人間にとっては偶然である神の必然が示されているように思うのです。

一人の幼い在日の少年がオモニに連れられてこひつじ保育園に訪れました。この小さな出会いに爪先を引っ掛けて土手に登り土手を下って来たのが川崎戸手教会です。これを歴史に刻み再び土手を越えて新たな場所へと導かれて参りましょう。

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