慰め(ヨブ記16:-17)


「あななたちは皆、慰める振りをして苦しめる」(16:2b)
これは友人らに放ったヨブの言葉である。ヨブの三人の友人はヨブに臨んだ不幸を聞いて慰めに来た。しかしヨブにとってその言葉の数々は苦しみ以外のなにものでもなかった。
苦しむ人を慰める時、「大丈夫」、「先ずは落ち着いて」等の言葉を不用意に語ったり、問題の原因と解決策について持論を並べたりする。しかし慰めを欲する者にとってそれらは慰め足り得るだろうか。むしろ苦しみを増し加える結果になるやもしれない。
ヨブは言う「語っても苦しみはやまず。黙っていても、それは去りません」(16:6)「弓を射るものに包囲させられた」(16:13)。八方塞がりの状態にあるこのヨブを慰める言葉など存在するのであろうか。そもそも「慰め」とは何なのか?
忠臣蔵の名場面。赤穂浪士らが江戸へ仇討の武器を運ぶために如何にして関所を通過するか。大石内蔵助は禁裏御用のために京都から江戸へ下る日野家の名代垣見五郎兵衛に成りすました。本物の輸送ルートを中山道と予測して、東海道を下ったが、運悪く神奈川宿で本物の垣見の道中と出くわした。当然口論になり本物の証として道中手形を見せろと迫られた大石は白紙の手形を差し出した。その時その白紙手形を収めていた箱に記される赤穂藩浅野家の家紋が垣見の目に止まった。それと悟った垣見は「これぞ真に日野家の道中手形、ふらちにもお名前を語りましたるだん、ひらにご容赦を」と大石に謝罪した。感極まる大石がその時垣見に返した言葉「武士は相身互い。よくよくのご事情があってのこととお察し申す。苦しき境遇にあればこそ、人の情けは身に沁みて有難きもの」。垣見は「これは拙者が偽造せしめし道中手形(本物)、貴殿がご処分下さい」と大石に差し出しその場を後にした。
そもそも「慰め」とは何なのか?それは自分が慰めを欲する時にこそ慰めの何たるかを知るのかも知れない。人の慰め方というマニュアルはない。苦しき境遇にあって人の情けの何たるかを知った大石内蔵助の言葉と垣見五郎兵衛のその情けにあやかりたいものである。

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