友だちなら

昨日、かながわの朝鮮学校交流ツアー実行委員会主催の交流会が横浜朝鮮初級学校において開催され、授業参観、児童による公演(歌、舞踊)、朝鮮文化交流、元Jリーガー安英学さん(アン・ヨンハ)の講演会が模様されました。
神奈川県は2014年度以降、外国人学校に通う児童・生徒の保護者に対し直接学費を補助する制度を導入しています。しかし2016年度以降、神奈川朝鮮学園に対しては補助金を支給していません。これは朝鮮学校に通う児童・生徒らの教育を受ける権利に不利益を及ぼす明らかな差別です。
公演の中で低学年児童による「友だちなら」という詩の朗読がありました。内容を逐一覚えていませんが、「友だちなら困っているときに助ける、友だちなら一緒にご飯を食べる、友だちなら・・・」という繰り返しの詩でした。私はその詩が朝鮮学校の児童・生徒から日本人参加者に対して私たちはあなたたちの友だちでしょうか?という問いかけに聞こえました。
差別・偏見は良くありません。しかし個々人の心の中まで立ち入るなら差別・偏見を持たない人間などこの世に誰ひとりいません。しかしそれでも人は友だちを差別しません。人間は自らの差別意識や偏見と向き合いそれを正していくことが出来ます。しかし同時にそれは差別する他者を裁く道をひらくことにも通じます。
出会いの大切さはよく説かれますが、その所以は人と人との具体的な関係こそが差別・偏見を結果的に乗り越えていくからです。誰が差別者であり誰が被差別者なのか?その要因分析と対策を講じることは重要でしょう。しかしそれ以前に重要なのは、友だちになることではないでしょうか?友だちなら差別しません。また差別問題や人権問題という切り口ではなく、自分の友だちの問題として関わる。朝鮮学校児童たちの「友だちなら」という詩の朗読はヘイトスピーチ・補助金問題等など、色々あるけどそれ以前に私たちは友だちなのでしょうか?先ずは友だちになって下さいという呼びかけに聞こえたのでした。

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