広がっていく

マルコ福音書7:31-37

耳と舌に障がいを持つ人がイエスによって癒やされた。イエスはこの事実を誰にも話さないよう口止めしたが人々はかえってますます言い広めた。イエスが期待しているのは自分の評判や事実の説明が広まることではない。事実そのものの広がりである。

御言葉を述べ伝えるのはキリスト教会の使命である。これに異論はないが、そもそも御言葉とはイエスの新しい教えである。イエスの新しい教えは言葉が事実となる。聖書が読者に期待しているのは解説ではなく聖書に書かれた御言葉を事実にしていくことである。それが御言葉を述べ伝えると言うことであり、言い換えるなら御言葉を生きるということである。

新会堂が完成した。次週よりその新会堂での新たな宣教が始まる。頭で理解しながらも、気持ちは如何にしてこの街の人々に御言葉を広めべきかと焦っている。しかし御言葉は人の力によらずそれ自身が広がる力を内包している。それがこのテキストが言わんとするところなのだ。

教会がなすべきことは御言葉を生きることである。それは福音書が示しているように、裁くのではなく和解を求めて。善悪の明白ではなく隣人に仕え、必要とあれば律法を超えて。さすれば御言葉は黙れと言っても自ずと広がっていくのだ。

孫 裕久

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