人に仕える神

マルコ10:35-45

弟子たちの「誰が一番偉いか」という議論の背後には、イエスが王座についた後の重役ポスト争いがあった。今日的に言い換えれば入閣して財務大臣か外務大臣のポストを狙うようなものかも知れない。省庁には大勢の役人が勤務し大臣はそれらを従える。世間一般では偉い人とは皆を従え、皆が偉い人に仕える。しかしイエスは答える。

「しかし、あなたがたの間では、そうではない。あなたがたの中で偉くなりたい者は、皆に仕える者になり、いちばん上になりたい者は、すべての人の僕になりなさい。」(10.43)

因みに、この僕の直訳は「奴隷」である。

奉仕とは、それをする意思は自分自身に帰属する。しかし奴隷の奉仕は主人の意思に隷属する。「神と人への奉仕」とは後者である。「神と人」とは「神にも人にも、両者に」という意味ではない。「神に奉仕するとは、即ち人に奉仕する」という意味であり且つ、今生きておられる眼の前の復活のイエスに奉仕するという意味である

主イエスは偉くなることを否定しない。

私どもの神は偉い方である。しかしそれは皆が神に仕えるからではなく、神が皆に仕えるからである。故に我々も偉くなりたければそちらを目指して歩んでまいりましょう。

孫 裕久

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