正しい姿勢

何事も姿勢は大切です。剣道も姿勢が大切です。姿勢で一本取れる訳ではありませんが、姿勢が悪いと正しい打突が出来ません。
宗教に関していえば、信者も神仏を信じる姿勢が大切です。願掛けとはよく聞く話ですが、願望を実現させるために神仏に誓いを立て、百度参りや禁酒などの断ち物をします。しかしイエスは願掛け(誓い)を一切禁じました(マタイ5:33-34)。その理由は誓いを果たせなかった時、神に対して責任の取りようがなく、また自分の努力で神から願いを引き出すという姿勢そのものが間違っているからです。
一方、神仏が人間に誓いを立てるという宗教は聞いたことがありません。しかし聖書の神は人間に対して誓いを、少し言い換えれば約束してくれた神といえるでしょう。ノア、アブラハム、イサク、ヤコブ、モーセ、ダビデ、預言者そしてイエスを通じて救いを約束して下さいました。キリスト者はその神の約束を信じて生きる民です。
人間関係でも約束を信じる時、そこに計算し尽くされない不確定な要素が存在します。その不確定な部分を埋めているのが約束です。
神を信じると言いながら、実際は計算できる確実な安全地帯を歩んでいるだけなら、それはイエス・キリストの神を信じる正しい姿勢とはいえません。神の約束を信じて生きる民は、その一歩の内に「そこは神の約束を信じるしかないのだ」という部分が、からし種一粒程度でも含まれているのです。神の民として、正しい姿勢で歩んで参りましょう。

孫 裕久

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