落ちがなくても

激しい雨の帰り道、川崎駅に到着した。さて家に戻っても、今日は誰もいない。妻は韓国に帰省中。次女は就職してひとり暮らし。長女は仕事帰りに映画鑑賞。考えているうちに、立ち飲み屋ののれんをくぐっていた。
その店の女将は、なぜかいつも私には愛想が悪く、苦手だ。なので注文はそれを避けて、バイトの男子にするのが常なのだが、そのときは最近の課題である胆力を鍛えるため、苦手な女将に、思い切って「角ハイとカツオ刺」と注文した。やはり女将は、相変わらず無愛想な返事を返してきた。
15分ほど経っただろうか。隣の客が、ピンク色の酎ハイを頼んだ。いつも見るからに不味そうで、これまで口にしたことはなかった。しかし我慢できず、「それ、美味しいんですか?」と聞いてしまった。
そういえば、女将の無愛想に心当たりがないわけではなかった。彼女は、他の客に話しかけるような行為を好まない傾向にある。カウンターに立つ客は、みな一人で寡黙に呑んでいる。そこへ、私のように馴れ馴れしく隣の客に話しかけるのを、快く思っていないのだろう。「それ、美味しいんですか?」と言った瞬間、やはり女将の視線を感じてしまった。
彼は50代のサラリーマン。単身赴任で大阪に一年暮らしたとのこと。なんばや梅田、吉本新喜劇の話で盛り上がってしまった。勢いで居住地の話になり、同じ戸手町であることが判明。さらに話を進めると、彼は戸手四丁目、スーパー堤防の上に建つマンションにお住まいとのことだった。8月15日の花火大会の話から、木下紙業など共通の話題も次々と出て、すっかり打ち解けてしまった。
立ち飲み屋で、たまたま隣の客が、河川敷の人々が立ち退いた跡に建てられたマンションに住んでいたという偶然に、不思議な縁を感じた。しかし私は、そのマンションが建つ土地のいきさつについて語ることはしなかった。まあ、この先、土手を散歩していたら、ばったり再会するかもしれない。そんな期待を残して、お先に失礼することにした。
実は彼が大阪暮らしで今ひとつ理解できなかったのが、「落ち」というものについてだった。特別面白くなくてもよい。しかし大阪では「落ち」のない話は話にならない。そもそも「落ち」とは……などと、偉そうに講義したにも関わらず、この一週一言は、珍しく「落ち」がないのでございます。

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