ヨルダン寮(6)

数週間に渡って部分的ではありますがヨルダン寮の歩みを振り返りました。今回はヨルダン寮を神学的な観点から考察し最終回と致します。ヨルダン寮は神を礼拝するために神に献堂した教会堂であります。したがって神学的にその所有権は神に…

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ヨルダン寮(5)

高齢者サロンとは河川敷内に暮らす高齢者を中心とした昼食会で毎週水曜日に開催されています(被災後休会中)。戸手町内会では町内に暮らす高齢者のプログラムが模様されていましたが河川敷の高齢者はこれに参加していませんでした。河川…

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ヨルダン寮(4)

ヨルダン寮は寮生あっての名称ですが、後に川崎戸手伝道所の礼拝堂として用いられるようになってからもその名は引き継がれました。河川敷の住民からはキリスト教会という認識は薄く「ヨルダンさん」とか「ヨルダン教会」と呼ぶ方もおられ…

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ヨルダン寮(3)

さて金萬守アボジより与えられた家屋はヨルダン寮と命名され寮生たちが暮らし始めました。この第一歩は極めて大きな一歩であったといえます。寮生たちは河川敷で生まれ育つ子どもたちと出会い、彼らの学習支援などを通じてヨルダン寮は用…

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ヨルダン寮(2)

川の上に立つ不法占拠でトタン張りの家屋を500万円で買い取った関田牧師とそれを売った金萬守アボジ。この売買には後日談があります。 既に関田牧師と金萬守アボジとの関係は日常的な課題を通じて深まっていました。ある日、建設省が…

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ヨルダン寮(1)

 私がはじめて多摩川河川敷に建つ川崎戸手伝道所を訪ねたのは1991年5月の主日礼拝でした。それは農村伝道神学校に入学しまだ奉仕教会を模索していた時のことです。礼拝後、一人の老人が私へ声をかけて下さいました。「孫くん、いい…

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泥を被る(余滴)

先週「泥を被るために」と題して説教しました。嫌われ者ザーカイを訪ねことはイエスにとって泥を被ることでした。私たちも同様この土手下に来たのは泥を被るためであるなら、今回の被災で落胆することは何もないと説教を結びました。 し…

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信仰と希望と愛と

10月12日(土)、台風19号により戸手4丁目河川敷の街は氾濫した多摩川に飲み込まれました。翌日日曜日、公共交通機関は運休し礼拝は家族のみで守り速やかに復旧作業に取り掛かりました。この度の多摩川氾濫は河川敷の街にとって過…

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小さな欠け

今でも目を閉じると、立ち退き前の土手の中の密集した家々が浮かんできます。そして頭の中で細い道々を歩いていると土手(堤防)に上がる道が5本見えます。戸手MAPを制作中、何故そこにそれぞれ道ができたのか?それは無計画にただ人…

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いいね

Facebook等の「いいね」に象徴されるように、今日人々の関心は極度な他人からの評価や人気に囚われています。これを命名するなら「いいね文化」が適当かもしれません。 芸能界は人気商売です。したがって芸能人が人気を集める為…

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