和解の使者

コリントⅡ 8.16-24 マスメディアの発達により人間は地球の裏側の出来事も直ちに知るようになった。江戸時代に比べて地球は小さくなった。しかしそれに反して人と人の距離は遠くなったのかも知れない。テレビやインターネットの…

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貧しき者となる

コリントⅡ 8.8-15 パウロはマケドニア州の諸教会が経験した豊かさをコリントの信徒たちにも預かって欲しいと願った。しかし一方で経済的に(既に)豊かであるコリントの人々に相応しい献金を期待していた。それは期待であって命…

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豊かな者となる

コリントⅡ 8.1-7 彼らは苦しみによる激しい試練を受けていたのに、その満ち満ちた喜びと極度の貧しさがあふれ出て、人に惜しまず施す豊かさとなったということです。(8:2) エルサム教会への献金を募ることはパウロの伝道旅…

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悲しみから喜びへ

コリントⅡ 7.5〜16 テトスの帰りが遅延する中でパウロは苦しみ恐れていた(7.5)。彼はテトスに託した涙の手紙が返ってコリントの人々の悲しみを深め反感を高めたのではないかと後悔していたからである。 使徒職は神から与え…

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心を開く時

コリントの信徒への手紙2 7:2-4 「私たちに心を開いてください。」(7.2) 心を開くとは「信頼する」と言い換えて良い。パウロはコリントの信徒に自分を信頼して欲しいと願っている。その点ではもしかしたらイエスも同じであ…

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交わりと断絶

コリントの信徒への手紙2 6:11-7:1 古代ギリシャにおいてそこはユダヤ教とは相入れない宗教や風習が空気のように存在していた。そのような環境で異邦人キリスト者が教会外の人々とどの程度自分たちを分離させて生きるべきかは…

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和解の奉仕

コリントの信徒への手紙2 5:11-21 イエス・キリストとの出会いによってパウロに生じた根本的な逆転は次の一句に尽きる。 「なぜなら、律法を実行することによっては、だれ一人神の前で義とされないのです。」(ロマ3.20)…

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真の自由

コリントの信徒への手紙2 4:16-5:10 「だから、体を住みかとしていても、体を離れていても、ひたすら主に喜ばれるものでありたい。」(コリント2 5:9) 「外なる人」は衰えても「内なる人」は日々新たにされ、見えるも…

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土の器として

コリントの信徒への手紙2 4:1-15 投手に例えるならパウロが宝(4.7)と呼んでいるものは直球である。それは変化球の混じる覆われた(4.3)投球術ではない。右の頬を打たれれば左の頬を向けるという極めてシンプルなもので…

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