わたしは災いだ

「ああ、わたしは災いだ。わが母よ、どうしてわたしを産んだのか。」(エレミヤ15:10a)  この叫びは、予言者エレミヤの苦渋に満ちた生涯を象徴しています。「若者に過ぎない」と神の召しを拒否して尚、押し付けられた予言は「お…

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約束

例えば、復活が希望であるなら、十字架は真実です。 十字架によって、神の真実が明らかにされました。 聖書が示す真実とは「自らを完全に捧げる」ことです。しかし、だとするなら、人間に真実はありません。 そして十字架は敗北です。…

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クリスマスを祝う

クリスマスの何を祝うというのでしょうか?それはキリストの誕生であります。しかし地は混沌であり、闇が深淵の面を覆っている昨今、それを見つめること無くキリスト降誕を祝うなら、駅前のクリスマスセールとどの程度違うというのでしょ…

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立ち位置

恐らく我が子を朝鮮学校に入学させていなければ、補助金問題は人事であったと思います。 この問題が、外交、民族教育、多文化共生、等などの問題である以前に、保護者としてそれは学費の問題です。教師にとっては給与の問題です。即ち生…

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神の救い方

ニネベに住むトビト、メディアに住むサラ。二人とも「死んで辱めを耳にすることのない方が、生きて大きな苦しみに遭うよりましである」と神に祈りました。トビトは失明し、サラは7人の男に嫁ぎながら、全てその日の内に夫を失ったのです…

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余分と施し

現在、聖書の学びと祈りの会ではトビト記を学んでいます。内容はアッシリアによって滅ぼされた北イスラエル出身のトビトが、捕囚の地において信仰を全うする物語です。 自分の嫌なことは、他のだれにもしてはならない。ぶどう酒を酔うま…

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有機肥料

神学校時代のこと。 農業概論で「化学肥料」について学びました。それは窒素、リン酸、カリという成分から構成されているらしく、これらは植物の生命に関わる基本要素だということです。したがってこの化学肥料を農作物に与えると即効的…

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宿命的欠点

私は知らず知らずの内に、子どもを管理していたようです。 竹本喜道氏は、務めていた会社の上司と呼ぶにはおこがましい関係で、在職中はただの一度も口を聞いてもらったことはありません。ところが三年程前からお付き合いをさせて頂く関…

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再会から初心へ

22年ぶりの再会は感無量でありました。 1991年、務めていた会社を退職し私は農村伝道神学校に入学しました。同時に、生まれ育った大阪を離れ、名前も孫裕久を名乗りました。 あの時から22年もの歳月が流れました。先週、私の勤…

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脱し得ないもの

先週、園遊会で一人の国会議員が天皇に手紙を渡した行為が避難を浴びている。 善意と信念に基づくものであると私は信じたい。しかし、それでも天皇制という枠組みと言うべきか、手のひらとでも言うべきか、その問題性の内側を脱し得ない…

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