母の記憶

孫裕久
母を思うとき、記憶をたどってみても、その人となりを言葉で説明できるほど、私はそれほど母を知っていないことに気づく。私は母が「自分は〜をしたい」など、自分自身のための意見や考えを述べた場面を知らない。そこには父の影で忍耐する姿が、記憶の大部分を占めている。その忍耐は、ひとえに父と子の健やかな関係を願う一念ゆえであった。そのためなら命がけでどんな痛みも苦労も引き受ける人、それが私の母であるとしか紹介できない。なので本当のところ、母がどういう人なのか、私はよく知らない。いや、母自身も「自分はこういう人間だ」と言葉にして生きるより、目の前の家族のために生きることで精一杯の人だったのだと思う。
その日の朝、目が覚めると私の隣に父が寝ていた。寝るとき、そこにいたのは確かに母であった。私は泣きながら枕を抱えて母の寝る布団に潜り込んだ。おそらくそれが、母について語り得る私の最古の記憶である。
幼稚園に通う以前の話で、当時まだ父に怖いという印象は持っていなかったと思う。だから、目が覚めて隣の父を見て泣いたのではない。母がそこにいないことに泣いた。
父と母、どちらも親である。しかし、母とは「親」という説明だけでは足りない存在なのだと思う。とりわけ幼子にとって、いないと気づいた途端に泣いてしまう、母とはそういう存在であり、少なくとも私にとって母は人生最初の居場所であり、いくつになっても「帰る場所」ともいえる。
しかし今私は、その母もまた居場所を求めながら生きていた一人の人として見つめ直そうとしている。
幼稚園児のとき、母の手に引かれて、遠足か何か、遠方での園の行事の帰り道だった。私は急にトイレに行きたくなり、母はすぐに私を連れて電車を降りた。しかし、その駅にはトイレがなかった。隣の駅に向かったが、そこにもなかった。母は駅員にトイレのある駅を尋ね、また電車に乗った。母が尿意に苦しむ私の手を引いてトイレを探し、一緒に駅から駅へと電車を乗り継いだ記憶、それが今でも時々思い出す、二番目に古い母の記憶である。

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