母の記憶
孫裕久 母を思うとき、記憶をたどってみても、その人となりを言葉で説明できるほど、私はそれほど母を知っていないことに気づく。私は母が「自分は〜をしたい」など、自分自身のための意見や考えを述べた場面を知らない。そこには父の影…
続きを読む →孫裕久 母を思うとき、記憶をたどってみても、その人となりを言葉で説明できるほど、私はそれほど母を知っていないことに気づく。私は母が「自分は〜をしたい」など、自分自身のための意見や考えを述べた場面を知らない。そこには父の影…
続きを読む →「死にはしない。片手一本くれてやれ。その代わり、相手の面を叩き切ればいい」 冒頭から物騒な言葉ですが、これは先週の稽古で、先生から受けた指導です。剣道は、背が高いほうが有利と思われがちです。確かにそういう一面がないわけで…
続きを読む →孫 裕久 先週に続いて、YMCA留学生との対話の中で考えさせられた。彼らの多くは、日本を「自由な国」と評している。日常が安全で、夢を持って自分の進みたい道を歩むことができる。しかしそれは決してやりたい放題という意味ではな…
続きを読む →孫 裕久 「トイレをお借りします、という意味が理解できません」と話し始めましたのは、スリランカから来た留学生です。スリランカでは友だちの家で、いちいち断りを入れることはないとのこと。見たい本があれば勝手に読むし、そこにお…
続きを読む →先日、愛する主にある姉妹(sister-in-Lord)の一人が病を担い、手術を受けることになった。概ね心配はない、とのことであったが、やはり不安はつきもの。特に若い彼女にとって、どれだけの心的負担であったろう。私は主に…
続きを読む →受難週の早天祈祷会で、ヨハネ福音書17章から19章までを読みました。第4日(18:15-19:16)。捕らえられたイエスが大祭司のもと、さらに総督ピラトのもとで取り調べを受ける様子が描かれています。しかし、裁かれているの…
続きを読む →「これは、私の愛する子、これに聞け」という声を、キリスト者は当然のように知っています。知っていながら、弟子たちはイエスの受難予告を理解しません。ここに「これ」の意味の食い違いがあります。弟子たちにとって神の子メシア、すな…
続きを読む →「世界中に平和と繁栄をもたらせるのは、ドナルドだけだと思っている」 先日の日米首脳会談で、高市首相が放ったこの一言。それは単なる外交上の「ご機嫌取り」などではなく、彼女が本気でそう信じているからこその言葉に聞こえた。しか…
続きを読む →世界は今、彼に振り回されています。引用する気にもなれないほど身勝手な彼の言葉に、腸が煮えくり返る思いです。さらに、彼の一挙手一投足に合わせて態度を変える国々の姿も、見るに堪えません。アメリカと距離を取りながら中国との関係…
続きを読む →みすぼらしき 郷里(くに)の新聞 ひろげつつ 誤植ひろへり 今朝のかなしみ 啄木、晩年の歌。 東京に住んでいた啄木が、どうやってふるさとの新聞を手に入れたのか分からないけれど、かつて新聞社の校正係だった彼がそこに誤植を見…
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