打たれて育つ

信仰とは主イエスの後に従い、何度も躓きながら養われていくものです。 剣道も似た一面を持っています。高段者の先生はみな口を揃えて「打たれても良いから基本通り真っ直ぐ打ち込んで来なさい」と指導されます。此方の打突(だとつ)が…

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人格を重んじる

こどもの日とは、祝日法によると「こどもの人格を重んじ、こどもの幸福をはかるとともに、母に感謝する」とあります。この「こどもの人格を重んじる」とは具体的には何であり、キリスト教的にはどう解釈されるのでしょうか。 人格の意味…

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労働聖日

本日は教団のカレンダーで「労働聖日」と定められています。私たちはこの主日をどのように守ればよいのでしょうか。 そもそもキリスト教において労働とは、汗水流して財産を蓄えるものとされ、それは礼拝と信仰の対局に置かれていました…

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真逆

政治資金パーティーをめぐる問題を受けて、国会では政治資金規正法の改正が検討されています。この改正の中心が国会議員自身も責任を負う「連座制」の導入であります。連座とは他人の犯罪に関して連帯責任を問われて罰せられることです。…

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寛容が肝要

先週、「不適切にもほどがある!」というコメディードラマが最終回を迎えました。ドラマではタイムマシーンで昭和と令和の人間が出会い、双方の常識の違いにスポットが当てられています。令和から見た昭和、昭和から見た令和、どちらが正…

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新しい命を生きる

復活の朝を迎えました。主イエスは十字架にかかり死んで葬られ三日後に復活されました。この復活に込められたメッセージは種々あると思いますが、その一つが新しい命を生きることです。 「はっきり言っておく、人は、新たに生まれなけれ…

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コモの死

アボジ(父)は7人兄弟で、その内ひとりは死産でした。残された兄弟は3男3女、最後の一人となったコモ(叔母)が亡くなりました。享年85。先週の月曜日に葬儀が執り行われ、従姉妹とは約50年ぶりの再会でした。 小学生の頃、私は…

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大切なもの

ヨハネ福音書12:1-8 イスカリオテのユダが言った。「なぜ、この香油を三百デナリオンで売って、貧しい人に施さなかったのか」(12:4-5) マリアの行為は明らかに無駄使いです。そんな無駄使いをするくらいならもっと有効な…

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見えない言葉

昨日(3/9)、昨年天に召された飯塚光喜牧師のお別れの会が紅葉坂教会でもたれました。飯塚牧師は1930年福島県会津に生まれ、1952年職場の事故で薬品を被り両目を失明しました。私は飯塚牧師と個人的なお付き合いはありません…

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