3.1独立宣言

1919年3月1日、韓半島全域で200万人以上の民衆が「大韓独立万歳」を唱えました。それはM.Lキングがワシントン大行進で行った人種差別撤廃と平等、自由を訴える演説(i have a Dream)で「とうとう自由だ、やっと自由だ、全能の神に感謝せん、我々はついに自由だ」と叫んだあおの言葉を想起します。
3・1独立運動の独立宣言書は次の導入文から始まっています。
「われわれは、ここに朝鮮が独立国であること、および朝鮮人が自主的な民であることを宣言する。これをもって世界万邦に告げ、人類平等の大義を克明し、これをもて子孫万代に教え、民族自存の正当なる権利を永久に有せしむるものである。」
3・1独立運動は、ただ政治的な植民地支配からの解放を訴えるものではなく、自分たちが力に隷属しない自由な民であり、みな平等であること、そしてその権利を永久に有していることの表明であることが伺えます。
そして、宣言書は最後に以下の「公約三章」で結んでいます。
一、今日、われわれのこの挙は、正義・人道・生存・尊厳のための民族的要求である。ただ自由の精神を発揮すべきであり、決して排他的感情に逸脱してはならない。
一、最後の一人に至るまで、最後の一刻に至るまで、民族の正当な意思を、はっきりと表明せよ。
一、すべての行動は、最も秩序を尊重し、われわれの主張と態度が、どこにおいても光明正大であるようにせよ。
政治的運動は、常に暴力や暴動へと傾く危険性を伴います。この最後の「公約三章」はこの運動に参加する全ての人々の行動規範です。力によって奪われた自由と尊厳を力で取り戻すのではなく、その行為そのものによって、自由と尊厳を明らかにする抵抗であることが示されています。
自由を奪われた者が「自由だ」と唱え、支配されている者が「独立万歳」と声を上げる。今日三月一日、三・一独立宣言書を読みながら、イエスの「貧しい者は幸いだ、泣いている者は幸いだ」という御言葉の釈義を読んでいるかのように感じた。

奪はれて
なお自由と うたふ声
三月一日
天にとどけり

孫 裕久

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