力士の階級は、横綱から序ノ口まで10段階ある。特に十両以上の力士を「関取」と呼び、月給が支給され、髷(まげ)を大銀杏(おおいちょう)に結うなど、一人前の力士としての待遇を受けることとなる。また、前頭(まえがしら)以上を「幕内力士」という。(日本相撲協会)
尚、関取の下は力士養成員と呼ばれ、幕下、三段目、序二段、序の口、前相撲(番付外)があります。
大関は二場所連続で負け越すと陥落します。しかし翌場所10勝すると特例として大関に復帰できます。この特例を逃して再び大関に復帰するのは極めて困難です。普通、大関とは力士として最高位を極めたといって過言ではありません。その地位からの陥落は、横綱に一歩及ばずピークを超えてしまった力士という印象を拭えません。しかし大相撲史上、大関を陥落し特例(翌場所10勝)を逃して再び大関に返り咲いた力士が二人います。しかもその一人は陥落後、序二段から横綱まで上り詰めました。
先週、横綱照ノ富士が引退を表明しました。その記者会見で思い出の一番は?と聞かれ、「序二段に落ちて、序二段の最初の土俵に上がった時。14年間の土俵人生で一番緊張しました。」と答えていました。私はそのコメントを聞いて目頭が熱くなりました。
大関の陥落は、関脇以下の力士が番付を落とすのと意味が違うと思います。そこにはプライドがあります。大関陥落後、その殆どが番付を十両まで落とした時点で引退しています。しかし照ノ富士は「関取り」とは呼ばれない、大銀杏を結うことも出来ない力士養成員の序二段まで落ちても引退しませんでした。序二段に落ちて最初の土俵、元大関というプライドを捨てないとそこに上がれなかったことでしょう。
人は人生の節目でそれを捨てねば前に行けぬ時があります。捨ててこそ道が拓けることもあります。しかし最後まで捨ててはならぬもの、それは「希望」です。プライドを捨て希望を携えて序二段の土俵に上がった照ノ富士。引退するその背中に喝采を送りたいと思います。お疲れさまでした。
孫 裕久