平和を実現する人々

8月6日、広島の平和記念式典で、核兵器廃絶を願うメッセージが世界に向けて発せられました。石破首相もその理念には同意を示しましたが、日本は依然として核兵器禁止条約を批准していません。本来なら、唯一の被爆国である日本が、真っ先に核廃絶を訴えるべきなのに。
その背景には、「核の傘」に依存する安全保障や原子力発電と結びつく産業構造等、複雑な事情があります。しかし、本質的な問題はもっと深いところにあるように思うのです。
私たちの社会は、平和を「願う」ことと、平和のために「行動する」ことの間に大きな隔たりを持っています。行動には、自らの生活や利益を変える覚悟が必要です。核兵器廃絶を真剣に追求するなら、米国依存の安全保障や原発政策、経済的な優先順位にも踏み込まざるを得ません。しかしそれは、自分の安定や便利さを揺るがすことであり、多くの人がそこを避けて通ろうとします。
聖書に、「平和を実現する人々は幸いである」(マタイ5:9)とあるように、平和は単なる理念やスローガンではなく、実際に形にしていくものです。そのためには、国際政治や軍事の技術的な問題以上に、自分の生き方を問い直す勇気が求められます。
イエスは、特別な技術や権力を用いませんでした。それは極めてシンプルで、律法によって保証された枠を越え、罪人の友となった、それだけです。しかしそれが何よりも難しい。
平和を実現する道も同じです。遠くの他者を犠牲にして成り立つ安心や繁栄を見直し、その人々とともに生きることを選び取る。それは難しい。しかし、その難しさは政治や外交の壁ではなく、私たち一人ひとりの心と生き方の問題なのではないでしょうか。

孫 裕久

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