摩擦を乗り越える

今日は衆議院議員総選挙の投開票日です。今回の選挙では、外国人の受け入れをめぐる政策も争点の一つとなり「このまま受け入れが進めば、日本の文化が壊れてしまうのではないか」という不安の声を耳にします。文化を守りたい、大切にしたいとする思いそのものは、確かに尊重されるべきものです。
一方で、外国人旅行客のマナーの悪さなど、摩擦が生じている場面があることも事実です。ただ、異質な存在を受け入れるということは、そもそも摩擦が生じるものです。これは理念というより、私たちが繰り返し経験してきた現実ではないでしょうか。
留学生を受け入れた学校、国際結婚の家庭、障がい者と共に生きる社会、世代や価値観の違い。どこにおいても、最初に起きるのは摩擦や違和感です。摩擦のない共生は、実際には存在しません。
だからこそ、摩擦があることを理由に、制限という壁を高くしていくのではなく、理解し、学び、共に生きる方向へと歩みを進めていくことが大切なのだと思います。
さらに「文化が壊れる」という不安も、見方を変えれば、文化が試されていると受け止めることができます。「日本人は礼儀正しい」という自己像は、内輪には丁寧でも、弱い立場には冷たくなってはいないかを問い返します。「暗黙の了解」を美徳とする文化は、説明しないことが排除になっていないかを浮かび上がらせます。「静かで秩序ある社会」もまた、声を上げにくい社会になっていないかを私たちに問いかけます。
異質な存在との出会いは、不安であると同時に、私たち自身のあり方を問い直し、文化を成熟させていく契機となり得るのではないでしょうか。
壁を作る一票ではなく、摩擦を乗り越える一票を期待します。

孫 裕久

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